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2008年5月16日

市議会臨時会

5月12日(月)から16日(金)の間、市議会臨時会が開会されました。

この臨時会の大きな議題でありました「原子力空母の横須賀配備についての住民投票に関する条例制定(案)」は、16日の本会議において、投票結果 賛成8 反対33 で否決されました。

16日の本会議で、会派自由民主党として、この議案に反対討論を行い、会派としての意見を表明しました。その要旨を以下紹介します。

 

1 原子力空母受け入れに関する、自由民主党市議団の基本的な考え方

 

(1)日米安全保障体制及び原子力空母の必要性について

  わが国は安全保障政策の大きな柱として、日米安全保障体制を堅持しています。日米安全保障体制を基調とする日米両国間の緊密な協力関係は、わが国の安全及びアジア・太平洋地域の平和と安定のために重要な役割を果たしています。米国の軍事プレゼンスは、依然として不透明・不確実な要素が存在するアジア・太平洋地域の平和と安定を維持するために必要不可欠です。米海軍空母打撃部隊は米国軍事プレゼンスの中核をなすものであり、国策として日米安保体制を堅持する限り、その受け入れは必然と考えます。

  このような理由から、我が国は1番目の空母ミッドウェーを昭和48年に横須賀へ受け入れ、現在の空母キティーホークで3隻目となるわけです。そして、キティーホークの退役により米海軍に在来型空母は存在しなくなります。日米安保体制を理解し、前方展開兵力としての空母の必要性を認めるならば、原子力空母の横須賀配備は当然のことといえます。

 

(2)横須賀の土地柄について

  幕末(1865年)、小栗上野介が横須賀に製鉄所(造船所)を建造して以来、横須賀は軍港として海軍とともに発展してきました。横須賀は、首都(江戸、東京)に近く、水深の深い良好な港湾であることから、首都防衛を第一義として横須賀はまさに軍港としての宿命を持っていたものと思われます。この地勢的な必然性に着目した先人達は、爾来約150年間にわたり、国家的投資を続け国防能力の維持・向上を図るとともに、横須賀の都市機能の一つである軍港を整備することにより、横須賀市の発展及び市民生活の向上に寄与してきました。

  この歴史的経緯、すなわち過去から現在まで約150年間にわたり続けられてきた、横須賀という風土の経営努力は、歴史的必然として受け止めるべきものであると考えます。官民一体として蓄積してきた軍港というその財産は、未来に向けて活用することこそ、我々現代に生きている者の責務であると考えます。

 

(3)原子力空母の安全性について

  民間の原子力発電所に比較して、軍艦である原子力空母が戦闘被害に耐えられるように、より安全かつ頑丈に造られていることは納得できます。しかし、人間の行為に100%の安全はないとする常識から判断すると、米海軍が保障する「安全」を、市民として検証し、市民に安心感を醸成することは行政として必須のことであると思います。このことから、昨年来、市長が施策として実施してきておられる、

 ○放射能監視体制の強化 ○防災訓練の実施 ○災害時相互支援協定の締結

などは、評価できるところです。

 

2 本議案適否の判断

以上のような、基本的考え方をもとに、以下のとおり本議案の適合性を判断します。

まずもって本議案は、住民の直接請求に基づき提出されました。直接請求の制度は、本来市民が権利として有しているもので、住民自治を実現する上で尊重すべきものであることは、我々も十分承知しております。しかしながら、我が国の安全保障に関すること、そして外交のことなど、国家全体として判断すべき事項は、憲法上、国の役割であり、市長の意見にもあるとおり、本件条例の制定及び住民投票の実施は、地方公共団体の権限に属する事務の範疇を超えるもので、適切とはいえず、本議案に賛成することはできません。

  また、本市の歴史を振り返れば、明治以来、横須賀の住民は国家的要請と自己の繁栄を、現実を直視して判断し、都市経営努力を続けてきたと思います。本条例案のように、物事を2者択一で判断するような単純な考え方はしておりません。このような状況下で、仮に住民投票を実施しても、その結果は、市政の将来に大きな混乱要因を残すだけとなり、市民の利益になるとは到底思えません。よって、本条例案で云うところの、住民投票の実施に反対します。

  さらに、原子力推進の安全対策について申し述べます。本条例案では第11条で安全性の説明等について、設問として、「十分」または「不十分」の2者択一を求めております。すでに述べましたとおり、人間の行為に100%の安全は期待できません。しかし、我々人間は、物事を処するにあたり、100%の安全を理想値として設定し、いかに現実をそこに近づけるか、努力するのが常識だと思います。つまり、安全が「十分か?」「不十分か?」と問われれば、普通の人は更なる安全を求める故に、「不十分」と答えるわけで、よって、そのようなことを問うことは、合理的な設問とは思えません。我々がなすべきことは、すでに市として実施しているごとくに、幾重にも安全対策を施し、その相乗効果で安全状態を高めることだと考えます。

  以上、本条例案に反対の考えを縷々のべましたが、最後に申し添えたいことは、横須賀市民は我が国の平和のために、そのフロントランナーとして昔も今も国家的要請にこたえてきているとの自覚と誇りを忘れてはならないことを強調します。