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2011年5月アーカイブ

平成23年度(第56回)馬門山海軍墓地墓前祭(23.5.14)

514日(土)午前、馬門山海軍墓地において墓前祭が行われ、例年どおり参列しました。今年の参列者は約200名に上り、年々参列者は増加しています。良い傾向だと思います。

海軍墓地には数多くの兵士の墓標が祀られていますが、かつては、年月風雪のためかなり傷んだ状態でした。この状況を憂うる方々から再整備を望む声が上がり、早速海上自衛隊の協力により、写真(兵士の墓標)のようにきれいに整備されました。山頂部分には慰霊塔や記念碑が多くありますが、これらの再整備には相応の費用が必要と思われます。市当局を含めて、関係者間で知恵を絞る必要があると考えます。

咸臨丸フェスティバル(23.5.14)

5月14日、咸臨丸まつりが住重浦賀工場構内で開催され、参列しました。

式典は例年通りのものでしたが、今年は特に感慨深いものがありました。

咸臨丸は今から約150年前、安政7年(1860年)太平洋横断の快挙を成し遂げましたが、当時の我が国の乗組員(勝海舟艦長等)は、太平洋横断等の大航海の経験がなく、航海術に不安があったため、米海軍ブルック大尉以下11名の米海軍軍人がその補佐にあたりました。勝艦長他乗組員及び米海軍軍人の努力により、我が国の開国期の偉業が成功したわけです。

さて、3月11日に発生した東日本大震災では、日米同盟のもと米軍が災害支援に参加し、大規模な共同作戦を展開して、救助救援に大きな働きしました。いわゆる「トモダチ作戦」です。

咸臨丸の航跡とこのたびの震災における日米の防衛共同を見るにつけ感慨を新たにしました。150年まえの咸臨丸航海は、振り返れば日米共同作戦の先駆けであったと思います。当時は同盟という意識はなくとも、ペリー黒船来航以来、米国は我が国の重要な友好国であった証しです。

開国期ののち、明治・大正・昭和と時代の変遷により、日米関係は山あり谷ありの時期がありましたが、咸臨丸フェスティバルを通じて、現在の同盟関係の重要な位置づけを再確認した次第です。

統一地方選挙について(23.5.1)

4月24日(日)の投開票をもって、統一地方選挙・市議会議員選挙は終了しました。

本日から、ブログ・HPを再開します。

多くの皆さんから頂いたご期待に応えるべく、横須賀市の未来のために尽力します。

今後とも、皆様から貴重なご意見を頂けることを願っております。

このHPへの、またの御来場をお待ちしております。

 

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